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目に見える議論
目に見える議論 (JUGEMレビュー »)
桑畑 幸博
これはスゴ本!議論においての「何が論点か」が的確なるので議論の終着点までブレなく到達できる!
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sugarstyle blog

すぱむこめんととかすぱむとらっくばっくについて
エントリタイトルが平仮名なのは、スパムの標的にされるのを避けるためです。効果はあるはず。多分。

で、今回はスパムコメントとかスパムトラックバックについてのお話。

いきなり結論から言ってしまうと、自分のブログに書き込まれたスパムコメントやスパムトラックバックは削除した方がSEO的に良い。

ということです。


なぜなら、そういったスパムコメントやスパムトラックバックが自分のブログに存在すると、自分のブログがスパムサイトへのリンクを持っていることになります。

Googleはスパムサイトのページランクを下げており、また、そういうスパムサイトにリンクしているサイトもページランクを下げられます。

てなわけで、Googleの検索結果で上位に来たければ、こまめにスパムコメントなんかを削除する必要があるわけですね。
| 思い言 | 03:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
すり減るキモチ
最近、以前書いたエントリに近い状況になっているsugarballです。

僕個人の話なのですが、仕事で嫌な思いをしても、その時感じた「嫌な思い」だけが残って、肝心の「何が原因でそうなってしまったのか」という記憶にアクセスする精神的障壁がものすごく高いので、なかなか原因を解析・解決できずに、同じような状況でまた「嫌な思い」をする羽目になるという悪循環に陥っています。

あぁ、僕はなんて弱い人間なんだ。

でも、仕事でそんな「嫌な思い」をするのって、必要ってわけでもないのだけど、業界の多重下請け構造上の摂理というか必然的なしわ寄せが、下流に位置する僕たちにふりかかって「嫌な思い」をせざるを得ない。

それは何てカースト制度?身分制度?

どうこうしようにも、僕の立場上、僕が及ぼせる影響というのは微弱で、抵抗しようものなら「じゃああなたはこの組織には必要ありません」と駒のすげ替えが行われて、それ以後も何事もなく物事は運んでいくのだなぁ、と思うとやるせなかったり。


抽象的で色んなことをボカした微妙な愚痴エントリでした。

追記:このエントリを書いたのって、3年くらい前のことだったんだけど、相変わらず僕は同じような問題で悩んでいる。問題を乗り越えられるほど成長していないのか、構造的な問題なのか。両方かな。
| 思い言 | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今日の一言
忙しくないけど、忙しい。なんじゃそりゃ。

というのも、時間的余裕は多少ともあるけれど、自分のスキル以上の成果物を要求されているのでキャパシティオーバーしてます。

納品物ではないけれど、システム管理に必要なドキュメントを残すのって難しいね。それも、質が高いものだとなおさら。もっと日本語の勉強をしておくべきだったか…


とまぁ、なんとなく思い立った事をメモ。

システムに改修が入った場合、どうしてそのような改修をすることになったかという経緯を、できるだけ正確に詳細に記録しておくことが望ましい。

長期にわたって改修され続け、稼動し続けるシステムでは新規の改修が既存のどの改修と影響し合うかを調べてからでないと、過去に行った改修が正常に動作しなくなる可能性がある。

ソフトウェア開発の場合、ソースコードのコメントやバージョン管理ツールへのコミット時のコメントとして残せるが、ネットワークの構成やサーバの設定なんかはソースコードのようにわかりやすい形で残すことが難しい。気がする。


まとまらないけど、新しく改修の依頼が入りそうな場合は、システムが今の形になるまでの経緯を把握して、今後その改修がどのような形になっていくかなんてことを考慮しないといけないんだよなぁ、と当たり前な話でしめくくり。
| 思い言 | 01:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
burn out
同僚が燃え尽きた。詳しくは書かないけど、


スキルを必要とする場所に放り込まれて

でも本人にそんなスキルは無くて

それなりの責任を取らされてしまう


ような状態。悲劇でしかない。いくら本人が頑張っても、必要とされるスキルが無いので全く成果が出ないから。

周りがなんとか助けてあげればよかったんだけど…と思う一方で、もし自分が同じ立場になったらと思うと背筋が凍る。必要なスキルが無いのに、安易に「できません」や「わかりません」と言えない状況…
| 思い言 | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
やりたいこと
やばい。グサッときた。id:Isoparametricさんのエントリにトラバ。

http://d.hatena.ne.jp/Isoparametric/20061127/1164604740
から引用。
自分がやりたいのは、同じような思いを持った人ともっと良いシステムを構築するために切磋琢磨したいことで、腐った組織を立て直すことではないので。

別に僕が今所属している組織がクソとかそういうわけではないけど、引用(強調の部分は僕が書式変更)の部分についてはすごく共感する。

マイナスのエネルギーを発生させる人を更正させ、まともなチーム、組織(やがては会社全体)をリビルドしていくなんて手間がかかりすぎる。人生は短い。そんなことやってる暇があったらもっと良いシステムを構築するために切磋琢磨したいんですよ。そんなマイナスな人なんて構ってられないし、腐った組織に所属してたら逃げ出すなり、何らかの対策を立てるべきです。


ただ、実際問題としてはそう簡単に組織を移動なんて事はできないし、プロジェクトで与えられたリソースが最悪なメンバーと組まされることだってあるわけで。

逃げられないんですよ。

だからこそ「問題アリ」な人と上手くやっていく方法を模索しながら調整して説得して導いてやっていくしか道が無くて、そんな人が大勢居るんですよ。

# だから巷にビジネス書が氾濫してるってのもあるわけで。。


最後に。
常に選択権は個人にあり、組織にはないと(僕は)考えます。
同感。これを忘れると、自分の望まない所へ連れて行かれます。
| 思い言 | 01:21 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
無意識の選択
先日、某友人と一緒に心理学講座(無料体験版)なるものに参加してみた。

僕は心理学には興味があるというか、まぁ後の人生に活かせるものがあるなら、ちょっとはタシにはなるかな、という程度のスタンスでした。正直、友人に誘われなければ一生行くことも無かったかもしれません。

講座自体は別にアヤシイものでもなく、講師の話が半分、普通に誰かと(大体、開催側の人とペアになるのかな)ペアになってディスカッションするのが半分、てなもんです。そんときの感想とか。思ったこととか。


最初に講師から「心って何ぞや?」と問われたのですが、心は意識無意識から成っているらしい。昔の人(フロイトだっけ?)がそう定義づけたのがはじまりだそうです。


で。前フリ終わりで、ここからは講座の内容とは外れて僕の話。


僕らは常に何かしら選択しながら生きている。迷ったときでも、迷わなくても、この瞬間も絶え間なく。

例え「何もしていない」状態でも、「何もしない」という事を選択している。

で、その自分が意識していない行為の事を無意識というわけで、僕ら人間の行動の大半が無意識によるものだそうだ。その講座によると、約95%が無意識による行動とのこと。

つまり、自分の前に現れた選択肢のうち約95%を無意識のうちに決定しているということになる。

「それは多すぎじゃないか」と思うかもしれないが、靴を左右どちらを先に履くかとか、どちらの手でエレベータのボタンを押すだとか、そんな些細な事をいっぱい含んで95%、という数字らしい。


人は、大事な選択だと慎重に判断するけど、上の95%に属する些細な選択を注意して選ぶような人はまず居ない。

でも、人生の大きな分岐点で一大決心するような選択なんて一生に何度あるだろう。確かに、そういう選択は後の人生への影響は大きいだろうけど、そう何度とないはず。

それよりもむしろ、日ごろ大量に行っている選択の方が、人生に及ぼす影響はとても大きい。


と、ここまで書いたけど、「継続は力なり」とか「将来の自分は今の自分が選んだ選択肢の結果」とか一般論ごもっとも的なエントリになりそうだったのでここで終了。もういいやw

ただ、思ったのは「目標を達成させる」ための選択肢をどうやって出現させるか、ってことです。選択肢に立っていることに気づかなかったり、別の選択肢が存在することに気づかなかったり…それこそが無意識というやつなので、コイツを意識の下に引っ張り出してやることができれば、今まで気づかなかったような選択肢に気づくことができるはず。

「じゃあそれはどうやったらいいの?」ってのはまた今度でw
| 思い言 | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
僕がすべきこと…
こちらのエントリ http://blog.sugarstyle.net/?eid=389718 で、僕がなりたい人間になるにはどうしたらいいか、何をすべきか、とか色々悩んでいたのですが、分裂勘違い君が「僕がしなきゃいけないこと」のほぼ答えと言っていいくらいのエントリを書いていた。
結局、容赦なく他人と自分の人生を直視し、容赦なく他人と自分の人生を裁くことを徹底的にやらせれば、無知や偏見というものは、かなり解消されてしまうものではないだろうか。

分裂勘違い君劇場
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060726/1153880075


部分的な引用で意図を表現するのは難しいけど…要は自分の行動(「何もしない」という選択肢を含めて)のリスクを正確に、具体的に判断し、それを避けるための行動をとるということ。分裂勘違い君の例では、悲劇的な事態を避けるために世間の流れを読み、対策を立てるということだけど、これは逆に「なりたい自分になるにはどうすればいいか」という目的を達成させるための道筋となる。


分裂勘違い君みたいに大っぴらにエントリを世に出すつもりはなかったけど、これも自分の中からひねり出さなきゃいけない答えだったわけなので、先を越されたなぁ、と感じております。

さぁ、自分を見直すか。
| 思い言 | 00:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
絶対騙されない方法
ハイ、どうも。騙されやすい、お人好しなsugarballです。

いや、ホント、僕はよく騙されます。騙されないように気をつけながら、仕事で客先で打ち合わせをしてても、騙されてしまうことが多々あります。

一体僕は病気なんだろうか、とか、僕はどうしようもない馬鹿なんだろうかとさえ思うことがありました。

月日は経って。最近、Webを徘徊していて興味深い文章に出くわしました。要約ですが、
■騙されないために
・相手を絶対信用しない
 →相手を信用していないから、相手の情報は必ずウラをとる
ということだそうです。

相手を信用しないというのもどうかと思いましたが、僕は何でも相手の言う事を鵜呑みにしてしまう悪い癖があるので、これはものすごく思い当たる話です。しかし、

鵜呑みにする=人の言う事を考えずに受け入れる

ということなので、要は僕って頭を使わない馬鹿だったんだな、アハハハ…と笑いとばすしかないような事実を目の当たりにしてしまいました。恥ずかしい…

どちらにせよ、僕は「相手の言う事を信用してしまい、確認作業をする」ことをサボっていたわけですね。

事実確認は基本中の基本ですが、いざ自分自身となると実践できていなかったようです。これからは、肝に銘じておくことにします。。


それにしても、ためになったなぁ。とてもエ○サ○トとは思えない鋭さでしたよ。 (実際、○ロ○イトからの引用なんですw)
| 思い言 | 01:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
いかにやる気をつくるか。。
うーん。最近、現状に満足してるから、「攻めるような」やる気が出ないのかな。。

まぁ、将来のことを考えたら不安で不安で仕方ないけど。。。


でも「××は嫌だから、そうならないためにも頑張る」ってのもちょっと違うんだよなぁ。。なんか「やらされてる感」があるから面白くない。


「○○を手に入れる(or ○○になる or ○○を達成する)」ために頑張る、という方向に持っていくように。。。

とすると、次は魅力的なエサ(目標)を用意しないといけないわけで。
| 思い言 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
僕は満たされている
前回のエントリ http://blog.sugarstyle.net/?eid=359186 では、僕が勉強をする意欲が無くなった原因を書きました。今回はその続編ですが、ちょっと視点を変えてみます。


僕は、壮絶な過去なんて無いし、耐え難い貧困も経験した覚えも無いし、深い絶望を味わったことも無いし、実際に生命の危機に直面したことも無い。前に述べた通り、ぬるま湯の中での人生経験しかない。平々凡々、むしろ波風立たぬ分、面白みに欠ける人生だった。

多分、普通の人なら夢や目標に向かって進んでいくのだろう。そういう人たちは、「これがやりたい!」とか「こうなりたい!」というものを持っていたに違いない。

しかし、僕は学生時代の当時、特に望むものなんて無かった。強く「欲しい!」とか「なりたい!」なんてものは無かった。


なんで欲しいものなんて無かったんだろう。

今、そこにあるもので満足していたから。満たされていたから。

学生の身分なんで、きちんと進級していれば親が養ってくれた。
欲しいものがあれば、バイトでお金を貯めて買うことができた。


あれ?欲しいもの、あったんじゃん。それはいわゆる、物欲。


そうだった。僕は、お金を手にするたびにひたすら買いまくっていた。

マンガ、雑誌、CD、CD-MDラジカセ、ポータブルCD、ポータブルMD、ゲーム、服、ブーツ、スニーカー…

学生時代にどれだけお金を使ったのだろう。恐ろしすぎて思い出したくない。


そうなんだ。欲しいものはあったんだ。なのに、本当に、強く欲しいものが無かったんだ。


これは一体、どういう事だろう。


僕はゲームを買った。
新しいゲームが発売された。
僕は新しいゲームを欲しくなった。
僕は新しいゲームを買った。

こんなループから抜け出せなかったのだろう。別の例を考えてみる。



CDが世に出た。
CDコンポが欲しくなった。
CDコンポを買った。
屋外で聴きたくなった。
ポータブルCDを買った。(CDウォークマンね)
MDが世に出た。
CDとMDが聴けるコンポが欲しくなった。
CD-MDコンポを買った。
MDを屋外で聴きたくなった。
ポータブルMDを買った。
サイズの小さいポータブルMDが世に出た。
サイズの小さいポータブルMDを買った。
駆動時間の長いポータブルMDが世に出た。
駆動時間の長いポータブルMDを買った。
MP3プレーヤーが世に出た。

iPodが世に出た。



少しずつ、モノは進化している。

その度に、僕は欲しくなる。

そして買う。

そして満足する。

やがて、飽きる。

その頃には、新しいモノが登場する。
能力が上がったり、キレイになったり、オシャレになったり、小型化したり、機能が増えたり…単純な能力向上だけでなく、いろんな付加価値をつけて、僕らの前に姿を現す。

そして僕は買う。その度に、満足する。


ひたすら、満足していた。

欲しいものなんて、何も無い。

満足しているから、夢なんて、目標なんていらない。何も、強く望むことなんて無い。
| 思い言 | 00:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |